小田原に着いた頃には昼をとっくに過ぎていた。
今度は途中でまともなご飯を頂いた。

北条の城はやたらと厳重に警備されていて、中まで来るのに随分と時間がかかった。


爺さんは、守りに徹してたのだろうな、と感じた。
まぁ、爺さんの話聞いた感じじゃ、他国に攻めるほどの兵力はなさげだったし。
その話すら見栄張ってる可能性だって有るんだし、『強い北条氏政』を想像するのは期待外れになりそうだから止めようと思った。

昨日と同様、政宗さんの馬に乗せてもらい、高い位置から周囲の状況を観察した。

「……。」
空気が重い。

……といっても北条の兵の方が殺気立ってる。

怖くはない。

それは守りたいものを守ろうとする殺気なのだろう。

「……なんだ。」

爺さん、あんたは幸せだったんだ。

こんなに思われているんだ。
命を捧げてくれる人たちが居るんだ。








通された部屋はやはり目の前に大きな襖があった。
開ければそこに爺さんがいるのだろう。
左右に一人ずつ家臣が座っている。
居るのは信玄様と幸村さん、政宗さんに私だ。
小十郎さんと佐助さんは別室で待機している。

そしてゆっくり、襖が開けられる。

居るのは霊だった時と同じ顔、同じ体格の氏政。
……会っても私は戻れない。

「ひ、久しいのう、このようなところまでお出でになるとは思わなんだ。大したもてなしは出来ぬが、ゆ、ゆっくりしとってくれい。……はて、わしに用がある娘というのはそこの者か?」

声も同じだが、私の知っている爺さんはもっとはっきりとリラックスして話していた。
政宗さんの事は見ない。
武田信玄の事も見ない。

「……。」

予想通り、私のことなど知らないといったように、首を傾げ、髭をなでた。

「私は、と申します。」
「ほう、とやら、ワシに何用じゃ?」
「ご無礼、お許しを。……爺さん。」

周りの人間、政宗さんと信玄様を除く人たちがぎょっとしたのを感じる。

「氏政爺さん、お久しぶりです。」
「なっ、し、失礼な!ワシはこのような小娘の事など知らぬ!」
「その通りです。今は知らない。けれど私は、あなたに呼ばれました。」
「何を言っているのだ!?信玄公!この者…」
「あなたは私を頼ってくれる。言葉を交わして、喜んでくれる。私を信じてくれる。」
「突然、何を……。」
「約400年後、爺さんは私を信じる。けど今、今私を信じてほしい。」

ジッと目を見つめ、必死に探す。
幽霊の爺さんが、望んでいたものを。
目の前にいる爺さんが執着している、『ご先祖様』の認識を。

「爺さん……もっと堂々としなよ。」


爺さんは、ずっと、ひたすらご先祖さまを求めている。
それは憧れじゃない。
目指しているわけではない。

ご先祖様の栄光にすがり、自分の隠れ蓑にしているだけ。

爺さん、だめだ。
そんな気持ちのまま死んだらだめだ。


言葉を止め、すっと立ち上がった。

「ひっ……な、なんじゃ……!!そ、その者を捕らえよ!」

ばっと、側近と思われる人が刀に手をかける。

殿!」
「幸村!」
幸村が駆け寄ろうとしたのを、信玄が止める。

「なぜ、あなたは刀を私に向ける?」
「何を言っているか!?わしが命令したからに決まって……‼」
「違う、爺さん、爺さんを守りたいからだ」
「……。」
側近の人は刀を私に向けるだけ。


「あの日桜の木の下で俯いていたのはこの世に未練があったから……。でもそれは北条の名を守れなかったからじゃない……。自分についてきてくれた者を、守れなかったから。」
氏政の目の前でゆっくりとしゃがみ込み片膝を付いた。

「……今のまま死なないでくれ。皆、あんたについてきてくれてるんだ。あんたを守りたいと思ってるんだ。胸張って答えてやれよ……。」

爺さんの、細胞に語りかけるように。
深いところへ届くように、自分の心からの気持ちを紡いだ。

届いてほしいと、それだけを願う。


「な……何なんじゃ……。お主は……。」

側近が刀を鞘に収めた。

「爺さん……。」

頬に手を当てる。
びくりと驚いたようだったが、振り払おうともしなかった。

優しく触れれば、確かに目の前で生きている感触だ。
でもきっと、すぐにまた触れなくなる。

「頭なでて。爺さん」

戻ったらもう叶わない。
爺さんの手が迷うことなく伸ばされ、私の頭にのる。

「不思議な奴じゃのう……。」

顔は戸惑っている。
頼りなさも消えてはいない。

……けど、あんたはそれで良いよ。

惚れはしないが、そっちのが爺さんらしくて好きだ。

ただ、後悔しないでくれ。

きちんと、成仏して、ご先祖さまに会いに行けるように。





「さて、爺さん、本題なんだけど」
「……む?」
にっこり笑いかけた。

「私を未来に返すよう、ご先祖さまに祈って?」
「お主頭おかしいのか?」

間髪入れずにそんな事言うとは。
ふふ、爺さん……
この手は最終手段にしようと思ってたんだけど

「……爺さん、武田との同盟、破棄するよね?」
小声で、爺さんのみに聞こえるように。

「へ?」
「私未来から来たから知ってるの。そんで織田側につくのよねぇ?」
「なっ……ななななな……‼‼」

爺さんが震えだした。
聞こえない人間は全員、突然の変化に不思議がっている。

「言ったでしょ?400年後、あなたは私を信じる……。信じきっていろいろベラベラ喋ったわよ?」

……まだ誰にも言ってなかったのかな?
家臣に対してすら挙動不審になっていた。
目を泳がせてるし、本当に慌てふためいている。

爺さん過呼吸にでもなりそうだよ……。
可哀想だから、話題変えるか……。

「おしりにでっかいほくろがあるそうね?」
「!!」
「毎晩、春画をながめて独り言言ってるそうね?」
「!!!!!」

あれ、なんだよ、平然と私に言ったくせに。
気にしてたのかよ。

「判った!!判ったから!!いいいいいくぞ!?願えば良いのか!?ご、ご先祖さまぁぁ!この者を、未来へ!!」

氏政が勢いよく立ち上がる。

「いいいい今かよ!?お別れの言葉…みんなに…」
「ご先祖さまぁぁ!!」
「聞いてよもう!!仕方ないなあ!!よし!!来い!!」



黙。



「……何も起こらぬ」
「……おい、本当にこんな感じでこっちに来たのかよ?」

幸村さんと政宗さんが呆れかえってる。
……そうだよ!
こんな感じで来たんだよ!


「……外!外じゃないとだめかも!」

場所を移して再度頼んだ。



「ご先祖さまぁぁ!」




「……。」

「さっ、桜の木の下で!」
また場所を移す。


「ご先祖さまぁぁ!」




「……。」

「よっ……夜……かな?」

「……。」
「……殿。」
「うむ、……。」

あ、信玄様までそんな可哀想な人を見る目をしないでほしいな……。

「とりあえず俺たちの用を済ませて良いか?」
「……はい。」

項垂れながら、大人しく小十郎さんと佐助さんがいる部屋へと引っ込んだ。











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とりあえず失敗です