甲斐に着いた頃はさすがにケツが痛い。
馬から降りると歩行が不安定になり、それを見た政宗に笑われてしまった。

「ha!ひ弱だな!さすってやろうか?」
「訴えるぞゴルァ!」
腰を自分でさすりながら、幸村と佐助の後を歩く。

これから武田信玄にご挨拶をするらしく、屋敷の中に案内される。

「……政宗さん、緊張しません?」
「何で俺が緊張しなきゃならねんだ。」

少し大股で歩き、政宗の横に並び小声で聞くが、すぐにそう返されてしまった。

「うう……。」
同意を得られなかったため、スピードを緩め、また政宗の後ろに位置して歩く。

「一般的には緊張するのが普通だぞ。」
「小十郎さん‼そうですよね……!!」
小十郎が優しい言葉をかけてくれたと思い、少し落ち着きを取り戻す。

しかし、よくその言葉を考えると

「……あれ、でもその“一般”に入るのって、今私しかいませんね……。」
「そうだな。俺も緊張していない。」
「こ……小十郎さん……。」

自分だけあたふたするような予感がして、がっくり肩を落とした。
小十郎がはは、と笑ってポンと背中に手を置いてくれた。






長く連なる襖の前で幸村が止まる。

「お館様ぁ!真田幸村、ただいま戻りました!」

幸村の顔がとても嬉しそうになる。
よほど武田新信玄に会えるのが嬉しいのだなと感じる。

「うむ、入るが良い!」

低音の、威厳ある声が響く。

「はっ!」

凛々しい声で返事をすると、幸村の表情が引き締まった。

もきゅっと口を引き締め、真面目な顔になる。


襖を開け、幸村、政宗、小十郎、の順で中に入る。

「……あれ?」

佐助の姿が急に見えなくなり、は周囲を見渡す。

「きょろきょろしてんな。」
政宗に襟を捕まれ引っ張られる。
「は、はい。」

正面に堂々とあぐらをかいて座る人物に向き直る。
彼が、武田信玄。
穏やかな表情を浮かべてはいるが、威圧感を感じて仕方がない。

政宗がどかっとあぐらをかいて座ったので、も僅かに後方にずれて座る。
いや、もちろん正座で。

「協力感謝する。」

一礼し、政宗がそう一言発した。

「なぁに、気にすることはない。ほう、その娘が……。」

そう言って武田信玄がこちらに視線を向ける。
もっと長い挨拶をするのだろうと思っていたはあまりに早々に自分の出る場面が来て動揺しきっていた。
「お、お初にお目にかかります?私、と申しまして……」


……えっと
……ええええっとねぇ?

つんつんつんつんと政宗の背中を必死で突っつく。

「こ、この先はどうすれば!?」

小声で必死に回答を求めた。
ここに来る前に段取りを聞いておけばよかったと思い切り後悔した。

殿、落ち着いて下され。」
「あ、はははははい……。」

幸村にそう言われるが、無理なようだ。

「安心せい。すべては佐助から聞いておるわ!」
「そ、そうなのですか!?いつの間に!?」

どうしたらいいか慌ててしまい失礼極まりない態度を取っているにも関わらず、武田信玄は気にした様子もなく話をしてくれた。

「佐助は仕事が速いでござるよ!」
自分のことのように誇らしげにする幸村が可愛らしいと感じる余裕はあるらしい。

「だそうだ。説明はいらねぇみたいだな。……信玄公、北条の動きをどう見る?」
「うむ、監視は続けておる。目立った変化は無いがの……こちらとしても野放しにしてはおれんかもしれぬな。」
「同盟相手だからって甘く見てんなよ。攻める余裕がある今だろうが。越後が大人しくしてるうちにケリつけろよ。」
「せっ……攻める?」
氏政を殺すのかと思い、強張った声が出てしまった。

……もし氏政があんたを元の世界に戻せるなら、明日しくじるなよ。駄目だったらまたの機会に、とか考えんな。」

「……はい。」

正直、自信はなかった。














「……はぁ」

縁側に座り込んで空を眺める。
今日は曇り空で星は見えない。

政宗と小十郎は割り当てられた部屋で話し合いをしている。
……小田原攻めの。
明日の状況にもよるらしいが……ほぼ決定だろう。

「何悩んでんの?」

屋根から佐助がひょっこり顔を出した。

「どこ行ってたの?」
「俺様も忙しいの!」

飛び降りて、くるりと一回転して着地をして、の横に座る。

「……佐助さん」
「ん?」
佐助がの表情を覗き込む。
浮かない表情を隠す必要もないと感じて、うつむいたままでいた。

「明日、うまくいくかなぁ。」
ちゃん次第だね。」
「そうなんだよね。」

プレッシャーを感じる。
氏政は自分のことを知らないはずだ。
けれど、皆が用意してくれた機会を無駄にしてはいけない。
自分が戻れなかったら戻れなかったで、彼らに大損害など出ないことは分かってはいるが。


「……ちゃんて駆け引きとか苦手そうだよね」
「……ご名答」

むしろやったことがないのだ。

「じゃあ全力でぶつかる?」
「それしかできない……。」
「それがいいと思うよ。」

佐助さんの手が頬に当てられる。
ひどく冷たい。

「自信持ちなさい。俺様も近くに控えてるだろうし。」
「あ……ありがとう」
優しくにっこり笑われて
一瞬、佐助に母性が見えたというのは、自分の心の中だけにしまっておこうと思った。


体冷やしちゃうから中に入ろうと言われ、なぜか手をつないで室内を歩く。
「大将のとこにでもいくかい?」
「えっ、いや、そんな、図々しくない?」
「大丈夫だって、それに多分……。」

お館さむぁぁぁあああ!!
幸村ぁぁぁぁ!!

突如大きな声が響いてきた。
「何事!?」
「あぁ、やっぱり始まったねぇ。」


大広間に来ると、叫びあって格闘する幸村と武田信玄がいた。
「ん?いつもより気合い入ってるねぇ。」

そしてひたすら幸村が吹っ飛んでいた。

「まだまだあ!」
「うむ!気が済むまで来るがよい!」

「な、なにこれ……。」
「武田の日常だよ。」
「まじですか……。」

幸村が殴られる瞬間は、どうしても手で目を覆ってしまう。
痛いだろうに、どうしてこういうことをするのか、格闘技にあまり興味のないには分からない。


「申し訳ありませぬ!この幸村の煩悩が消えるまでお付き合い下されぇぇぇ!!」
「え?幸村さんは熱心な仏教徒?煩悩って…」
「あぁ、そういうこと。」

佐助がの背を押す。

「旦那~!ちゃんが見てるよ!かっこいいとこ見せなきゃ~」
「え?あ、幸村さん頑張れ~!」

幸村さんの動きが止まって、信玄の拳が顔面に当たる。
「ぎゃー!!幸村さん―!」
とってもヤな音聞こえた気がする。
「幸村ぁ!まだまだ修行が足りん!からもきつく言ってやるが良い!」
「遠慮します!幸村さん大丈夫!?」

急いで駆け寄ると、幸村は倒れたままで目をぱちくりしている。
わずかだが鼻血が出ている。
ハンカチを出して拭いてあげると、たちまち顔が赤くなった。

「幸村さ……」

がばっと体を起こして周囲をきょろきょろ見渡す。
視界が佐助を捉えたところで声を発した。

「佐助ぇ!いつから見ていた!?」
「え?いや、今来たばっかり。」
殿も……?」
「え?うん、今来たばっかり。」
良かったでござると表情を緩める。

「幸村ぁ!を気に入り、離れるのが寂しいのは判ったが、男なら潔く」
「お館さむぁああああああ!!そのようなことは言ってござらぬうううううう!!!!!!!!!」
「声でけぇぇぇ!!」



















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氏政には体当たり交渉するようです
智略とか書けませんからホント・・・
そして幸村にはまだそれほど恋愛感情はいってないです(←要らない情報・・・