明日は城下を案内してくれるという事で、まるで遠足が楽しみな小学生のように気持ちが高揚していた。
しかし、わくわくして寝不足です、などということになれば、スタートの笑いにはなるが元気が出ず楽しめなくなる。
眠くなくても布団に潜り、目を閉じ休んでいた。

枕元には、政宗様と行くなら、と、くれたお出かけ用の着物が置いてある。
今日着たものより、手触りが全然違う。
それがにはプレッシャーになっていた。

「城下の人って、政宗さんのこと知ってるのかな…」

殿の隣の女は誰だ!?などと指を差されたらどうしよう。

「……どうにもならないよねー。そのくらい、政宗さんフォローしてくれるよね……。」

伊達政宗!!親の仇!!この女を助けたければこの場で自害しろ!!とかいう奴来て、私捕まったらどうしよう。

「……時代劇じゃないんだから……。」

休もうと思っていたのに、妄想は膨らむばかりだ。

「とりあえず……男の人と歩くんだし……。政宗さん、プライドありそうだし……。」
身だしなみはきちんと大人っぽくして、歩き方や笑い方、手先まで優雅に振舞えるようにシュミレーションしよう。

「…………。」

想像の中で優雅に振舞う私の横に居る政宗さんが、うわ何この女どうしたのって顔で私を見つめているのは何故だろう。

「小十郎さんがいれば、こういうとき守ってくれそうなんだけど…」
そう呟いた途端、疑問が浮かんだ。
「……うん?明日、政宗さんと二人?小十郎さんは……?」

城主がそんな気軽に城下に行くものなのだろうか?

「小十郎さん、政宗さんとは違う趣向のお気に入りスポットとかありそうだなあ。案内して欲しいなあ……。」

政宗は昼間、に、案内して欲しいところを考えておけと言っていた。
小十郎のことを知る機会にもなるし、一緒に行けるなら嬉しいと思う。

「ちょっと、聞いてこようかな……。」

もう寝ているかもしれないという考えもあったが、寝ていたら引き返して来れば良いだろうと気軽に考え、政宗の部屋に向かった。











きしきし足音をたてながら歩く。



少し顔を上げれば、雲も無く月が大きく空に浮かんでいる。
澄んだ空気が、居待月を一層綺麗に見せている。

空を見るのはとても好きだった。
死んだらぜひとも空へ上りたい。
土に還るのは肉体だけにしてくださいと、子供のころからずっと願っていた。

「……うーん。」

そういえば、こっちに来てから一度も霊をみていないということに気がつく。
沢山居そうなのにな、と思うと自然に周囲をきょろきょろと見回してしまう。

そうしているうちに、探して見つけてどうするんだ、また今回のような厄介ごとに巻き込まれたらたまらないだろう、と考え、視線を空に戻したとき、突然ふっと目の前が真っ黒になる。

すぐ傍に人が立っているのだ、と気づくのに時間を要した。
気配もなく突然。
逆光で、誰なのか判らない。

「誰?」
「女の子だぁ。」

答えになっていない言葉が、へらへらした口調で返ってきた。

「しかも超可愛い。」

そういってぎゅうっと抱きしめられた。

「ちょ、何してんのあんた!!名乗れ!!」
「俺?俺、猿飛佐助」
「さるとび……さすけ?」

知ってる。
知ってるけど、伊達軍じゃないよね……。
敵!?

「ぎゃっ……!」
「おっと、しーっ!!安心してよ、敵襲ー!じゃないから。君、女中?」

女中がこんな時間に歩いているのは普通だろうか?
女中としてしまって、この先不都合がないか?と必死に考えるが、答えは出ない。
厠に行く途中だった、ということでこの場を凌ぐというアイディアしか浮かばない。

「う、うん、一応……。といいます……。」
「うん、かわいい名前だねぇ。ねえねえ、ちょっと言いにくいんだけどさ。」
「……はい?」
「俺と一晩、どう?」

どうじゃねぇ。

全く言いにくさが感じられなかったことに、困惑のような怒りのような感情が芽生え、目の前の男を睨みつける。

「……ちょっとあんた……何様のつもりよ!!」
「あっはっは、冗談だよ!いいねぇ、威勢のいい子は大好きだよ!」
「何の用ですか!ってか離せっての!」

腕の中で暴れてみると、佐助と名乗った忍は呆気なく腕を離したので一歩飛んで距離をとった。
そしてやっと佐助の姿を確認すると、迷彩の服にオレンジの髪。
猿飛佐助って忍だよね……?
目立つだろこの人……。


『目立つ忍なんて慣れっこだぜ。信玄公んとこのほどじゃねぇよ。』

一気に政宗の言葉を思い出した。
この人のことか!!

そう合点がいくが、敵地にいるはずなのに余裕の笑みを浮かべている。
どう対応すればいいのか判らない。
そしてわざわざ私の前に姿を現した意味も判らない。

「そんなに見つめないでよ〜!俺様照れちゃう! ちゃん、めちゃくちゃ俺好みの顔だし。」
「ちょっと!さっきから全く話が進んでないのですが!!」

顎を掴まれて上を向かされる。
警戒したいが、こんな態度をされてはただの軟派男としか思えない。


「……おい、てめえ、そいつから離れろ。」

横から、ぞくっとするような低い声が耳に届く。
気配は全く感じられなかったが、佐助はわかっていたかのように笑顔を崩さなかった。
「はいはーい。竜の旦那。こんばんわ!」
「政宗さん!」

寝巻き姿だったが、剣を一刀持ち、今にも柄に手をかけそうな雰囲気だった。
目の前で斬りあいが始まってしまうかもしれない状況に、血の気が引く。
話し合いで事が済むならそうして欲しい。

「あの、政宗さん、敵襲じゃないそうです!」
「やさしいね、ちゃん。俺の身を案じてくれてんの?」
「うるさい!あんたもう少し真面目にできないの!?暴力が嫌なだけなの!!」
、こっちに来い。猿、さっさと文を渡せ。」

その一言で、文を届けに来たのか、と理解する。

「せっかちだねぇ……はいはい、これですよ〜。出来ればすぐ返事欲しいんだよね。ってことで即行で返事書いて俺に渡して?」
「……仕方ねぇな」

政宗の部屋に佐助が入っていく。
そして、も引きずられていく。







「……。」

蝋燭の火を頼りに、政宗が武田信玄からの手紙に静かに目を通す。
佐助は相変わらず笑みを浮かべながら、ただ返事を待っていた。
は急なこの状況に正座をして縮こまっていた。



「……、爺さんと会えるぜ。」
「本当ですか!?」
ちゃんは北条の爺さんに何の用?」
「詮索してんじゃねぇよ」
「ど、どういうことですか?」
「武田は北条と同盟結んでる。信玄公に仲介を頼んだんだよ。……まぁ、俺とお前で乗り込んでも良かったんだが……。どんな歓迎うけるか判らねぇしな。」
「竜の旦那もやさしいことで。」

二ヤニヤしてそんなことを言う佐助は、わざとやっているしか思えない。
みるみる政宗の機嫌が悪くなっている。
だが文句は言う事なく、ただ一度ため息をついた後、紙と筆を取り出し、さらさらと何かを書き始めた。

終わるのを待つ間、佐助がに話しかける。

「……一介の女中さんじゃないんだね?先程は失礼」
「いえ……。大した身分じゃないです……。」
「お詫びに今度何か奢るよ。武田領においで。あぁ、いや、むしろ今連れてっちゃおうかな……。」
「俺に無断で誘ってんじゃねぇ!出来た!ほら持ってけ!」

政宗が書き終えた手紙を折りたたんで佐助に投げつけた。
予想していたようで、簡単に受け止め、懐にしまう。

「……ちぇっ……ちょっとくらいいいじゃないの……。じゃあね〜」

次の瞬間、ばしゅっと音を立てて佐助さんが消えた。

「忍ってすごい……。あんなことが出来るんだ。」


が感心していると、政宗が棚から何か取り出した。
それを持っての目の前まで来て、しゃがみ込み目線を合わせる。


「これを持っていろ。」

小さい刀をの手に持たせた。

柄の部分に竜の鱗のような装飾が施されている。

「で、でも……。」
「自分の身が危ないと思ったときは躊躇いなく振れ」
「政宗さん……。」
「てめえの時代は、戦なんてないんだろうな……。」

人を傷つけたこともないの手を、政宗が刀ごとぎゅっと握った。


「この時代は、そういう時代なんだ」


政宗の手が離れる。
視線を刀へ移し、少し鞘から抜いてみると、鋭利な刃がキラリと光った。
元に戻し、刀を握りしめた。

「ありがとうございます。」
「何、もうすぐ戻れるさ。それまでの辛抱だ。」

政宗の手が後頭部に添えられた。
そのまま優しく引き寄せられる。

「戻れる。」
「政宗さん……。」

戻れるってことは別れると言うこと。

複雑な気持ちを抱いたまま、部屋に戻って眠りについた。




















■■■■■■■■
はい、佐助さん出た!
変な事言わせてすいません・・・
これから武田軍も出てくるかと・・・

伊達氏と出会って3日目の夜でこれは仲良くなりすぎというつっこみは勘弁・・・