暖かい布団の感触が心地よい。
右腕の痛みも和らいできている。
ひどく安心感があって気持ちは穏やかだけど、私はそんなに心が広くないから忘れていない。
「……くそジジイ殺す……」
「oh……どんな目覚め方だよ。」
目を開けると右側にあぐらをかいて座る伊達政宗の姿があった。
「……どっ……どうもこんにちは……。」
自分でも間違った挨拶だということは判っている。
予想を裏切らず、伊達政宗は困った顔をした。
「もう夜だぜ?まぁ、思ったよりかは早く気がついたか。」
「すいません……。」
この場所と元いた世界は時間が一致していないようだ。
氏政と話していたときは夜だったのに、ここに辿り着いたときは昼間だった。
電気はもちろん無く、月明かりと蝋燭の火が目の前の男を照らし、くっきりとした陰影が彼の凛々しさをより引き立たせている。
素直に、綺麗だと思った。
「いや、わりぃな、俺のせいであんたが怪我したんだ。医者がちと傷が残るかもしれねぇと言っていた。すまん。」
そう言ってぺこりと頭を下げるものだから、最初のイメージを忘れてしまいそうになる。
怖い人だと思ったのに。
腕にはしっかり包帯が巻かれている。
軽く押さえて大丈夫です余裕です女は出血にゃ強いんだよとおどけた口調で言ってみた。
すると伊達政宗はそうかとあっさり顔を上げた。
理不尽にも、もう少し申し訳なさそうにしてくれてもいいのになと考えてしまう。
「ここは俺の城だ。危険はねぇから、ゆっくりしてけ。」
「あ……ありがとうございます……。」
彼は今、鎧をつけていない。
着物一枚で武器らしきものを持っていない。
……敵ではないと判断してくれたのだろうか?
上半身を起こしてみるが、特に警戒した様子もない。
「えと、伊達政宗……殿?あの、私は本当に北条の人間じゃないです……。それは、信じていただけたのですか?」
「あんたはキレイな目をしている。俺はあんたの言うこと信じてるぜ?……まぁ、ちと、小十郎がな……。」
キレイキレイってあんた恥ずかしい奴だな…
そう思いつつ難しい顔をする。
小十郎という男性は少ししか見ていないが随分と強面で警戒心が強そうだった。
「ここに来るにもちと苦労したんだぜ?見つからねぇよう、こっそりな。っつーわけで俺は明日の朝、おお、やっと目覚めたか、ってこの部屋入ってくるからあんたも話を合わせろよ?Are you OK?」
「うわぁ〜、自信ない!笑いそう!」
「馬鹿、しくじったらてめぇ、俺の女中として一生こき使ってやるぜ」
「ペナルティ半端ないな!!」
戦場で見た笑い顔とはまた違う顔で伊達政宗が笑った。
目が細められ、口元が優しく上がる。
これは可愛い。
と思ったら少し真面目な顔になった。
「で、あんた何者だ?……いや、それは明日聞くから、正直に言えよ。あんたがどこの奴でも、悪いようにはしねぇから。俺が守ってやる。」
「まっ……!」
何てことを平然と言うんだろう。
今まで生きてきて、言ってくれる人なんて滅多に居ないけど言われてみたい、と思っていた言葉をこの短時間でこんなに言われる日が来ようとは思いもしなかった。
恥ずかしくないのかこいつと、照れ隠しで考えてみる。
「あのよ……その代わりといったらなんだ……怒るなよ?あれ、調べさせて貰った。」
あれ、と指差したのは、が持ってきたバッグだった。
部屋の隅に置いてあり、汚れも無く気絶する前に見たままの姿だった。
むしろ、ちゃんと持ってきてくれたということに喜びを感じる。
見られて困るものは入っていないはずだ。
「怒りませんよ。持ってきて下さってありがとうございます。」
武将が相手だからか、和室の雰囲気がそうさせるのかは知らないが、自然と礼儀正しくなってしまう。
「珍しい……な。」
感心するような、興味があって仕方ないような声色だった。
何がですか?と聞けば、意外な言葉だったらしく、瞬きを数回されてしまった。
「何だよ、自慢でも良いから説明してくれたっていいだろ?」
「じ、自慢?」
そそくさと立ち上がり、バッグを手に取りすぐに戻ってきた。
彼はバッグの表面を撫で、これ、これと繰り返した。
「何の革だ?」
……ナイロンだった気がします。
そんな言葉で、へえーと言われるわけが無いことが容易に想像できて、返答に困る。
「見たことねぇな。中に何か入ってるしよ。」
ああ、ファスナーの開け方も知らないだろうな、とここで初めて気付いた。
「これは風呂敷みたいなものですよ。」
ジーッと開けて、中を見せる。
「おお。」
「訳判らないものばかりでしょう?」
中には、ペンケース、教科書、ファイル、コスメポーチに携帯とiPod……明らかに大学帰りのものだった。
興味津々に覗いてくるが、教えてよいものなのか判らない。
歴史が変わってしまったりしないだろうか?
即答出来ない事を不審がってしまうかもしれないという不安もあり焦ってしまうが、政宗は私の返事を促すことは無く、本を手に取り、パラパラめくった。
すると、外の方でギシッと音がした。
「……やべ、小十郎だ」
そう言うと、すぐに蝋燭の火を吹き消した。
「あ、足音で判るんですか?見つかったらやばいんですね?」
つられて、慌てて荷物を鞄に戻し、部屋の隅に寄せた。
「あぁ、失礼するぜ。明日な。good night!」
「はい、good night、政宗…様?」
「政宗でもいいぜ?……。」
隣の部屋へ通じる襖を開けて、政宗さんは小走りで逃げていった。
小十郎さんにはかなわないのかな?
というか
「名前ちゃんと覚えててくれたんだ……。」
いきなり呼び捨てなのはまぁ、気にしないとして。
足音がどんどん近づいてきたので、横になり布団をかぶった。
それは部屋の障子の前で止まった。
え……まさか入ってくる?
障子が静かに開いて、月の光に照らされる小十郎らしき姿が少し見えた。
「……。」
そしてすぐに閉められ、足音は遠ざかっていった。
ごめんね、小十郎さん
明日、敵じゃないってちゃんと言うから。
信じてもらえるまで言うから。
明日に備えて、瞼を閉じた。
枕が堅いのは我慢だ。
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小十郎さんは保護者的立場が好きです。
だって声が森川さんなんだもの