「、来なさい」
「はい!!何でしょうか?」
松永に呼ばれ、は今日も嬉しそうに松永の後ろをついて行った。
「人質をとってね。」
「お世話でしょうか?」
「ああ。私はこれから取り返しに来る輩の相手をしてくるよ。」
「松永様が勝ったら殺害を?」
「そのときはじっくり処理方法を考えよう。急いてはだめだ。」
「はい。では私はその間監視を。」
「頼んだよ。」
離れまで行くと、松永は立ち止まった。
戸を開けると、一人の人間が猿ぐつわを咬まされ、縄で縛られながらも暴れていた。
「…〜〜〜〜〜!!!!」
「…一名のみですか?」
「ああ。失礼があっちゃいけないよ。」
このような仕打ちをしたのは松永本人だろうに、そんな言葉をのんびりとに放った。
室内は暗くて、はっきりとその人間の姿が見えなかったため、は近くにあった燭台に蝋燭を立てて火をつけた。
ぼんやりと光に照らされたのは、右目に眼帯をした隻眼の青年だった。
手と足を縛られ膝を立てて座り、鋭い眼光でこちらを睨んでいる。
松永がこの男を怒らせたということは誰が見ても判る。
「、何か言いたそうだ。外してやりなさい。」
「…は、はい…」
興奮しているようで、近づいて猿ぐつわを外せば咬まれそうだが、今の状況で自分が断ったらそれは松永様が外してください、という意味になってしまう。
そんなことはさせられない。
「…し、失礼しまーす…」
はおそるおそる近づき、男の前に座り込んだ。
頭を抱え込むようにして後頭部に腕を回し、紐の結び目を解いて猿ぐつわを外す。
その瞬間、彼はの肩に噛み付いた。
「あ!!いたい!!」
男はすぐに口を離し、松永に言葉をぶつけた。
「クソ!!てめえ…!!いっつもいっつも卑怯な手を使いやがって…!!!!」
「大丈夫かね?。」
「わー怖いですこの人ー!!松永様ー!!!」
は松永の元に駆け寄った。
松永はの襟を掴んで広げ、肩を覗き見た。
「どれどれ…ああ、少し歯型がついているだけで大事無いね」
「よかった!!」
は松永に見てもらえて、痛みが吹っ飛んだようだ。
なんとも調子の良い痛覚だ。
「いきなり攻め込んできてなんだこりゃ!?しかも今度は女ァ!?可哀想な俺を慰めてくれんのか!?Shit…!!答えろ!!目的はなんだ!!」
「目的?ああ、卿の右目に興味があってね。」
松永は男に近づいた。
「…松永様、その方はもしや…」
右目という言葉は何度か聞いたことがある。
「独眼竜、伊達政宗…。奥州の竜だよ。聞いたことあるだろう。」
「はい。」
「血気盛んで宜しい事だ。右目は血眼になって探しているだろうね…」
松永は一度政宗を見下ろして笑うと、すぐに背を向けて、扉に向かった。
「…てめえっ…!!!」
「私はしばし遊んでくるよ。」
「行ってらっしゃいませ。」
松永は出て行き、室内はと政宗だけになった。
「おい女…!!この縄を解け…!!!」
「嫌です。怖いから。あの、食事はどうされますか?」
「はあ!?」
あくまで自分は世話役。
だからそう聞いてみたが、政宗は顔をしかめた。
「…減ってねえ。」
「そうですか。」
は政宗が暴れても被害が出ないであろう距離まで近づき、座り込んだ。
「寒い、空腹、口渇、厠、そういったことはおっしゃって下さい。」
「…縄を外せ。」
「私のような立場でそのようなことは出来ないことは貴方も判っているのではないでしょうか。」
「…ハッ…!!もっともだ…」
政宗はじっと正座をするを見つめた。
「…あんたは、何者だ」
「見たとおりかと。」
「ふーん…あんなやつに仕えて疲れねえか?てめえも同類か?」
「松永様と同類などと、恐れ多い。」
「…あっそ。」
政宗はもぞもぞと動き出した。
縄を解こうとしているようだ。
「抵抗はお止めください。」
「…安心しろよ。全く解けねえぜこれ…畜生…!!」
「解けない…」
「あの野郎…どういう縛り方してんだ…!!!!」
松永自身が縛ったのだろう。
あの松永が。
人質に対して。
軍に入れるわけでもない人間に自ら。
「……。」
の頭の中でその言葉がぐるぐる回った。
「……お、おい?あんた…」
「…え?」
の目から涙がこぼれた。
「っっ…!!」
政宗ははっとした。
この女は松永に仕えたくて仕えているわけではないのではないか。
よく見ればこの女の目には、さっきまで相手をしていた兵のような淀みが無い。
「おい、あんた…もしこの縄を外してくれたら、一緒に逃げてやる」
「何を…」
「あんた泣いてるじゃねえか…!!松永にひでえことされてるんだろ!?さっきは噛み付いて悪かった…!!俺と逃げるぞ!!」
「…くやしいの…」
が涙を拭った。
政宗は今説得しないと後は無いと感じた。
「復讐なら後だ!!俺が仇でもなんでもとってやる!!だから…」
「…私…松永様に縛られたこと無い…」
政宗は止まった。
聞き間違いでなければ目の前の人間は凄く馬鹿な嫉妬で涙を流している。
「ううう悔しい…いつ以来の悔しさかな…あぁ、松永様が女の香を漂わせて帰ってきたときもこんな感じだった…」
「…あぁそう…」
「でもね、その後、いつも頑張ってくれてるからって、可愛いお香を下さったの…なんとそれは松永様の体から香ったものと同じで…私へ贈ろうと選んで下さった際に付いた香りだったのか、勘違いして私の馬鹿!!ってなったんだけど…」
「…よ、良かったな…」
「よく話を聞けば、遊郭の女が使ってて、今若い人達の間でこれが流行ってるって聞いてこれにしたって…結局遊郭行ったんか―い!!!!!もう何を喜び嘆いていいのやら!!!」
「ああそう…」
「遊郭は悲しいけどそこで私に買ってあげようって思ってくれたのは嬉しいけど…なんでか付けるのは外出する時だけにしなさいって言われたけど…選ぶ際世間の評価ちょっと気にするとかえええ可愛い松永様私は松永様の選ぶものなら何でも好きですというか松永様好きです!!!!!!」
「わ―!!!!もうこいつ嫌だ―!!!!!!」
が政宗に詰め寄った。
のけ反る政宗の肩をがしりと掴んで、顔を近付けた。
「やっぱり男の人って初めてを捧げたいとか重い!?」
「そ、そんなことねぇんじゃねぇの…?俺は別に…けどあのおっさんはどうか…」
「うぅぅ…あなた良く見るとカッコいいね…襲っていい?」
「What!?」
政宗は目の前の子は松永に奉仕がしたくて自分に練習させてくれとお願いしてるのだというのは何となく理解した。
理解したがこのそこそこ可愛い子がそんな申し出を自分にしてるという現実を受け入れられなかった。
「ちょ、ちょっと待て…!!体だけかよ…けどなぁ…初めてなんだろぉ!?あんたおっさん以外に恋したらいいじゃねぇか…!」
「無理ぃ!!無理だよ〜!!心はいつも松永様ぁ〜!!」
「…あぁぁもう判ったよ!!ほら!!縄外せ!!ずっと目を閉じてろ!!」
「え…な、何を…!!逃げ出すでしょう!?」
「相手してやるって言ってんだ!!…ったく…最初は男に任せとけ!!俺を松永だと思えよ!!目隠しになるようなもんはねぇか?」
「ちょっ、本当に…?」
「…ァ?」
自分から言い出したくせに、の目には戸惑いが浮かんでいる。
「……」
やっと普通の女の子の面が見えた気がした。
「調子狂う…」
「やっ、やっぱりそんなことは…」
「…後頭部に手を添えろ…」
「…え」
政宗は前屈みになった。
が手を添えたのを確認すると、に向かって倒れ込んだ。
ドサッという音とともに埃が舞う。
「わっ…!!重っ…」
上手くを下敷きにし、政宗の全体重がのしかかった。
「…縄を解け」
耳に口を近付けて囁く。
「〜っ!!こ、怖い…!!」
「俺のモンに触ってみろ。その気にさせてみろ。前戯にもならねぇぞ?ためらってんじゃねぇ。おっさんとヤりてぇんだろ?」
「やりたいとか…そんなんじゃ…」
「恥ずかしがってんじゃねぇよ…あんたらは欲望に忠実なんだろ?早く、勃たせろよ…」
「〜〜〜!!!」
直接的な言葉を言われては涙目になった。
まさかこんなにノってくるとは思わなかった。
ただ意見が聞きたかっただけのはず…
襲っていい?は冗談だったはずだ…
「ごめんなさい…!!やっぱり無理…!!」
抵抗したくてもの手は政宗の肩を掴むのでいっぱいいっぱいだった。
政宗が舌打ちをした。
「クソ…あんたいい匂いすんじゃねぇか…変な気分になってんだよ俺は…!!」
「えっ…」
政宗の腰がわずかに動いた。
それは丁度の足を微かに擦り上げる。
異物を感じ、は顔を真っ赤にした。
「まっ…待って!!やだっ…!!」
「興味があんだろ?好きにしろよ…扱くなり舐めるなり…」
「やっ…言わないで!!」
「それとも襲われて被害者ぶるのが好きなのか?っつってもこりゃ犬レベルか…」
「いぬれべ…?…あっ!!」
政宗がまた腰を動かした。
その刺激には全身を強張らせた。
「やだっ!!やめっ…!!」
「今さら…」
「政宗様ぁぁぁぁ!!!!助けに参りましたぁぁぁ!!!!」
突然ばぁんと戸が開いた。
「「「…………」」」
三人全員が固まった。
「…政宗様ぁぁぁぁ!!敵地でお楽しみってどれだけぽじてぃぶ、なんですかぁぁぁ!?」
最初に我にかえったのは戸を開けた男だった。
「…こ、小十郎…よくやった…松永に勝ったんだな…えーと…縄を解いて…助けてくれ…」
政宗はしどろもどろになった。
緊張してしまったのか、先程までの異物感はもう無い。
「はい!!只今…」
小十郎は政宗のもとに駆け寄り、体を起こして縄を刀で斬った。
も起き上がり、目の前の光景を凝視していた。
「…え…松永様負けた?」
「ははは、負けた負けた」
背後からのんびりとした声が聞こえた。
「いやぁ卿は強いな…まさに鬼の形相で…。、留守番ご苦労」
「松永様!!」
一体何を以て負けとしたのか判らないくらいいつもの松永だった。
「三好三人衆と人取り橋で氷割り対決をさせたのだが、圧倒的だったよ」
「かき氷でも食べたかったのですか?」
「うん」
「氷に賭けられたの俺の命!?」
政宗はショックを隠しきれなかった。
「政宗様、早く奥州に戻ってかき氷を食べましょう…かき氷ぱぁりぃです…!!宇治金時です…!!」
小十郎は至って真面目に嬉しそうだった。
「…あぁ…うん…そうだね…」
政宗と小十郎は立上がり、外へ向かったが、政宗は途中、に振り返った。
「おい」
「…はい」
「なんか悔しいから、俺のこと忘れんな。そのうち再戦すんぞ。」
「へ…」
政宗の言葉は、再会したら続きをしよう、という意味にしか聞こえない。
目を丸くするに笑みを向けて、政宗は去っていった。
「さぁ、立ちなさい、。私たちもかき氷を食べよう。」
正直、かき氷はどうでもよかった。
「松永さまぁ〜!!!」
今はとにかく松永に甘えたかった。
抱き付いて、胸に顔を埋めた。
体の関係など本当はどうでもいい。
ただ松永の一番近くにいたいだけだった。
男と女だから、変に意識してしまうだけだった。
松永が手を差し延べてくれるだけで、自分は幸せだ。
「松永様っ…!!」
「どうしたんだね?」
世界で一番多く、松永に名前を呼んでもらえる人間は自分だという自信がある。
幸せだ。
私は十分過ぎるほど幸せだ。
遊郭の女になんか負けてない。
「松永さま…!!」
この人じゃなきゃ、自分はだめだ。
「…?」
「ぎゃあああいたたた!!!」
折角いい気分になってきたのに、松永に髪を引っ張られて我に返った。
「松永さま!!何…」
「…独眼竜の、香りがするね…」
「…え」
松永はの髪の匂いを嗅いでいた。
「風呂に入りなさい。」
「松永様!!あの、決して間違いがあったわけでは…」
「…いいから」
松永の口調が強くなり、は泣きそうになった。
「…はい」
「そのあと私の部屋に来なさい」
「はい…」
何回も髪と体を洗った。
なぜあんなことをしてしまったのかと後悔して、冷水を浴びた。
松永の元に向かう足取りが重い。
戸の前まで来たが、汚らわしいものを見るような目を向けられたらどうしようと、中に入れない。
が立ち往生していると、松永が中から入りなさいと声を掛けた。
はゆっくり戸をあけた。
着物姿の松永が書類に目を通していたが、が部屋に入り正座をして頭を下げると、に視線を向けた。
「綺麗にしてきたかね?」
「…はい」
「ならばこっちへ」
「…?」
言われるがまま、は松永の正面に座った。
松永はの髪を一束掴み取った。
ゆっくりと顔を近付ける。
「…あぁ、戻ったね」
「松永さま…?」
は自分の耳を疑った。
松永の声が、愛しい者に囁くような甘い声だった。
「知らなかったかね?…これは、とても安らぐ香りでね…」
今度はの首筋に顔を近付けた。
「一番気に入りの香だ…」
「松永様…!!」
本当に幸せなときは幸せだなどという言葉は浮かんでこない。
は松永の名前を呼ぶので精一杯だった。
しかしこの状況を覗いて歯ぎしりをする人間がいた。
「本当ですか松永様…!!私っ…私嬉し「「「松永様、かき氷です」」」
ばあんと戸が開き、三人衆が三人ともかき氷を持って現れた。
「……」
は勢いよく振り返り、三人衆を睨み付けた。
「宇治金時です」
「いちごです」
「練乳です」
「ならば練乳で」
「………」
はいちごのかき氷を食べる松永が見たくて仕方なかった。
「松永様、どうぞ」
「頂くよ」
しかし練乳もかわいいなあと、が松永を凝視したのを三人衆は見逃さなかった。
「おっと手が滑った」
「ぎゃー!!なにすんのよ!!」
いちごのかき氷がに向かって飛んで来た。
は松永の部屋を汚す訳にはいかず、体で受け止め、露骨にくらって着物に色が付いた。
「お風呂入ったばっかり―!!」
「いちご臭い」
「汚い」
「触りたくない」
「誰のせいだ―!!!」
は慎重に器を取り、畳にこぼれないよう着物を支えて立ち上がった。
「着替えて来ます〜!!うわぁん!!」
がぱたぱたと部屋を去ってしまった。
「…いちごにすればよかったかな?」
「…なぜですか?松永様」
「には練乳をかけた方が似合うとおもってね。はは」
「「「……」」」
下ネタだ。
「…松永様」
「どうした?」
悔しいが、はそれなりに大事な人間なのに
「一生ついていきます」
「何だね?突然…ははは、期待しているよ。」
自分たちのいじめを黙認するどころか自身も楽しんでしまう松永様が大好きだ。
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政宗にこのような役回りすいませ…
でもこんな役を普通にこなせるのは純情政宗様しか…!!
(普通だったのかどうかは不明。)
締めが三好三人衆ですいませっ…