が庭の手入れをしていると、松永が屋敷の中から自分の名を呼んだ。
汚い手で行くわけにもいかないため、しばしお待ちください!!と叫ぶと、スパァンと戸が開いた。
驚いて松永を見ると、冷静な顔で、待てない、と一言言った。
はため息を吐いた。

「なんでしょうか?」
「仕事を増やして済まないが、卿に新しく雇った忍の世話を頼みたい。最も、彼が慣れるまでで良い。」
「…え…」
ぱんぱんと手についた土を払っていたが、松永の言葉には固まった。
松永は庭に下り、の近くまで来た。
いつもの髷と羽織りを着て帯刀までしていて、外に出て戻って来てから真直ぐ自分の元にきたのだろうと感じられ、いつものなら喜んで松永の言葉に従っていただろう。
しかし、は返事が出来なかった。
松永はふっと笑った。

「もちろん、私の世話もしてもらう。」
「あ、なんだ…!!そうですよね…!!かしこまりました!!」

は、松永の側から離れてその仕事をしなければならないのかと勘違いし、ショックを受けていた。

「そんなに私から離れたくないかね?」
「松永様!!当然ではありませんか…!!私は松永様が良いのです…!!」
「ふむ…良い子だね…」

は恥ずかしそうにしながらも松永に安堵の笑みを向けた。

「頼りにしているよ。」
「はい!!松永様の期待に沿えるよう努めます!!それで…」

は松永の足元を指差した。

「…その…先程から縄で繋いで引きずっている方が忍ですか?」
「風魔という。」
「……………。」

風魔小太郎は雇われたというより連れ去られて来た可哀相な子になっていた。

「…ええと…」
世話、と言われてもは忍と同等に行動出来るはずもないため、何故自分なのかは正直判らない。
とりあえず縛られたままの風魔小太郎に挨拶をした。

「風魔殿、私はと申します。御用あればなんなりと申付け下さい。」
「………。」
「…あら?」
反応のない小太郎に首を傾げた。

「風魔は言葉を知らないのだ。卿を嫌っての事ではない。」

不安になるに、松永は声を掛けた。

「そうなのですか…それは参りました…意思疎通はどのように致しましょうか…。筆談を…?」
「必要ない。私が卿に頼むのだ。」
考え込むの肩に、ぽんと手を置いた。
「え…?」
そう言って、屋敷の中に入っていった。

「…松永様…」
「………。」
小太郎がもぞもぞ動いた。
縄が不快そうだ。

「あ、風魔殿、今外します。松永様は独特な縛り方をしますでしょう…」
「………。」
小太郎は顔をに向けた。
目は見えないが、閉じる口に少し力が入っている。

「…どういう経緯あってのことかは判りませんが、私は味方です。」
「……」
縄を解き終わると、小太郎は立上がり、をじっと見つめた。
「何か…?」
「………。」

に視線を向けるだけで、小太郎は消えてしまった。











小太郎が消えてから数時間後、は庭に生えていた雑草を取り終わり、片付けをした。

「…さて…」
自分の姿を見ると、土がたくさん付いている。
手からは草の匂いがするし、汗もかいた。
松永に呼ばれたら大変だと、急いで風呂に向かった。

湯に浸かり、松永の言葉を考える。
時々、主の言葉は短すぎて、時間が経ってからでないときちんと理解できない。
はいつも風呂場で考える。
正しく言うと、風呂場しかゆっくり自分の世界に入って考えられる場が無い。
そんなに忙しいわけでは無いが、普段ぼーっとしていると、松永がいきなり人間の在り方について自分に問い掛けたり、三好三人衆が攻撃してきたりする。

「風魔殿が慣れるまで…しかし私は忍に信頼されるような人間では…」

自分は小太郎に何をしてあげられるのか。

「松永様が私を頼りに…」

そう呟くと、自然と元気が出るから不思議だ。
さっきの小太郎の様子をできる限り思い出した。
「そんなにすぐ心を開いてくれるわけがない…」
難しそうだ、としか考えられない。
「…いくら松永様が雇ったっていってもペコペコするの嫌だし…かといって女だからってなめられないようにしようとかも違う気が…」
そこまで言っては独り言をやめた。
前にもこんなことを考えたことがある気がして、それが何だったかを必死に思い出した。

「…あ、そっか…」
はザバァ!と勢いよく立ち上がった。










は懸命に屋根に上っていた。
風魔小太郎がそこにいると聞いたからだった。

「風魔殿!!」
上り終って屋根の上をすたすた歩きながらそう叫ぶと、小太郎は突然目の前に現れた。
は一瞬びくっとしたが、小太郎は無言で静かに立ったままだった。

「…………?」
「あ、あの、ええと…」
は懐に手を入れた。
取り出したのは、紙袋に入った煎餅だった。

「一緒に如何ですか?お腹すいてませんか?」
「…………………。」
が一枚取り出すと、小太郎は無言で受け取った。

くんくんと匂いをかいで、害がないと判断すると、ばりばりと食べはじめた。
はその小太郎の動作が、犬のようだと思った。

「…あ」
食べ終わると、小太郎は背を向けてしまった。
どこへ行くのかとがついて行くと、屋根の一角に座り込んだ。
じっと遠くを見ているようだ。

「向こうは…小田原の方向、ですか?」
も隣に座り込んだ。

「松永様に聞きました。北条の忍だったそうで…」
「…………。」
「懐郷することをやめろとはいいません。」
「…」
小太郎が俯いた。
「…ああ、故郷というわけではないのですか…。申し訳ありません。詳しいことまでは判らなくて…」
「……?」

の方を向き、下唇をわずかに上げる小太郎に、は笑みを浮かべた。

「私がここに来たとき、松永様はそれほど喋る方ではなくて…松永様が今何を考えているのか、何を欲しているのか…全く判らず…よく周囲に怒られました。私などにこのようなお役目は無理だと何度も思いました。」
小太郎は興味無さげだが、は構わず続けた。

「その頃は、頭をひたすら下げていても松永様は鼻で笑う。でしゃばった事をすれば無視されました。…ですから、私はひたすら松永様を見ようと思いました。表情、動作、言葉、声色…観察して、日記に記して、その日の松永様の様子と周囲の状況を照らし合わせて…今思うとそれが良かったのか、単に一緒に過ごした時間がそうさせたのかはわかりませんが、だんだん感じられるようになって…」

徐々に、松永様がお話してくれる事も多くなっていった。
それがとても嬉しかった。
それに、自身も松永様の人間性にどんどん惹かれていった。

「けれど、それは癖になってしまい…松永様以外の人間も接するときにじっと観察するようになりました。感情を理解するのが、松永様ほどではありませんが、そこらへんの人間よりは鋭いと自負しております。」
「………。」
「風魔殿の世話を私に仰せつかったのは、それを評してくださったからだと、思うのです。私は貴方を理解しようと努めるだろうと。」
「………」
「あ、厄介な女だと思ったでしょう?」

小太郎は頭を抱えた。
人に感情を読まれるのは慣れて居ない。

「このような事を話したのは、私が貴方を理解したら、貴方は逃げてしまうだろうと思ってのことです。そうなる前に。」

自分を理解できるだなんて、自意識過剰な女だと思ったが、この人間はそう思われるだろうということも承知済みだろう。

「私が貴方に尽くすのは貴方のためです。松永様の為ではありません。松永様には直接尽くしますから。」

はにっこり笑った。

「正直どうして私なのか判らなかったのですが、そう考えると納得しました。どうか、私に世話をさせてください。」

手を胸に当てて、小太郎を見上げるに、小太郎はため息を吐いた。
思ったより強情で、真面目で、自信家だ。
「………。」

小太郎はに人差し指を向けた。

「ありがとうございます」
は迷わずその指を握って、ゆっくり上下に振った。

これは弱った。さっそく理解している。
普通ならば自分を指差していると感じて何かおかしいだろうかと自分の姿を見ようとするだろうに。
そこまで言うなら、よろしく、と思ったのを察したのか。

「…………」










「松永様、お茶をお持ちしました。」
「そこに置いておきなさい」
「はい」
松永の部屋に訪れたのは、三好三人衆の一人だった。
松永は読んでいた書を置き、茶に手を伸ばした。

庭からはの声が聞こえた。

「…開けなさい」
「はい」

障子が開くと、が小太郎と手を繋ぎ庭を歩いていた。
植物の説明をしているようだ。

「見たまえ。やはり可愛い子には動物が似合う。」
「…はあ」
松永は満足げに笑った。

気分は子供に犬を買ってあげた父親の気分だ。

「筆談など必要ない。飼い馴らせばいいのだ。やあ、和むね。癒される。」

松永がに世話を頼んだのは、単に一緒にいる姿が見たかっただけだった。

「あの調子じゃ、風魔が討死したら、は泣くだろうね。あの子の泣き顔はいつ以来見ていないかな…?そのときは私の胸で泣かせよう。感情を私にぶつけるが見たいな。」
「………」

三好三人衆は、先ほど屋根に上るを目撃していた。
何をしようとしていたのかは判らなかったが、突き落としてやろうと考え、自分達も屋根に上ったら忍と一緒にいた。
そこでの会話を聞いてしまっていた。
今回は見逃してやろうと思えたので、そのまま何もせずに屋根から下りた。

「…(…松永様と完全に意思疎通できるのはまだまだ先だな…)」
少し、憐れみをもった。

「あ、松永様…!!」
が視線を感じて、こちらを向いた。
小太郎は障子を開けた瞬間に気付いていたようだが、松永に頭を下げる事はなかった。

「やあ、、風魔とはうまくいってるようだね?」
「はい…!!なんとか…」
「良いことだ」
「ありがとうございます!!!!」

「………」
心から嬉しそうにしているに、さらに憐れみの心が増してしまった。

















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果たして主人公は三好三人衆と仲良くなれるのか!?(そんな展開は期待されていない…)
小太郎を交えたかった…
小太郎は松永にも忠実になるけど一番大好きなのは爺ちゃんだとかいうのがいいなあ…
ところで松永さんは女性に対しては卿でなくて君…?
あのう、卿がいいな…卿でいいかな…!!