とある宿の一室で、松永は文を書いていた。
蝋燭の火のみが室内を照らす、静かな夜だった。
松永の口にはうっすらと笑みが浮かんでいる。
彼の頭の中は、これと決めた物を手に入れたいという欲求のみが占めていた。


「…居るかね?」
「はい」

声を発すると、障子をあけて、侍女が現れた。
という名の、若い女だった。

「これを忍に」
「はい!!」

は文を受け取ると

ぱら

主人に許可を得ずに、内容を覗き見た。

「ま、松永さま…あのう…」
「…誰が勝手に見て良いと言った?」
「いえ、その前に言わせて頂きます。なんですかこれ。貴殿の兵を捕虜に頂いた…いえ、これはいつもの事ですが、松永様、今川の扇に興味がおありだったのですか?」

今川義元に宛てた文だった。

「ああ。そうだな…では、貰ってきたら一番にに見せよう。きっと気に入る。」
「ま、松永様!!そうではなく!!今川は捕虜を助けに来る様な義を持った主君でございますか…?」

一番に、という言葉に喜んでしまったが、今は照れている場合ではない。

「来なければ、私自らが行くしかないだろうな」
「…さ、最初からその気なのでは…」
「さあ?卿は考えすぎだ。」
「…松永様…」

は躊躇いながらも松永をまっすぐ見つめた。

「何かね?」
「最近、出陣の回数が多すぎます…!!兵の疲労ももう少し考えてくださいませんか…?」
「そう私に言うように、誰かから命令されたのかね?」
「そうではありません。率直な私の意見です。…このような進言をすることがおこがましい身分だということも承知しております。」

松永は、ふむ…と反応するだけだった。
この人間を怒らせたらどうなるのか、それは誰も知らない。
松永が感情をむき出しにする事など無いからだ。
怒らせるよりも、機嫌を損ねて罰せられるよりも、自分の心を見透かすような松永の目にじっと静かに見つめられる今が、一番の拷問のように感じられた。

「卿とは、それなりに長い付き合いだ。」
「は、はい」
ゆっくりと松永が手を伸ばし、おいでおいでと手招きをした。
が近くに寄ると、引き寄せて、子供をなだめる様に優しく頭を撫でた。

「ま…松永様…」


の父親は松永軍の防衛隊長だった。
昇進した際に、身の回りの世話をさせていただけないだろうか、と 紹介されたのをきっかけに松永に仕えるようになった。
更なる昇進を目指すため、松永に気に入られたいと考えしたことなのだろうというのは、自身も松永も感じ取っていたのだろうが、松永は快く受け入れた。
それから間もなく始まった戦で、父親は命を落とした。
単なる討死なのか、その行為が松永の機嫌を損ねたため計られて無くした命なのかは松永本人以外は判らない。

しかし、松永はずっとを側に置いていてくれていた。


は香炉は余り好かなかったね…」
「普通の、ものは、好きです…。けれど…不死香炉は…あまり…」
「そうだな…では…爆薬と鉄砲を多く使い、兵は減らそう。それならば不満は無いかね?」
「よ、よろしいのですか…?」
「卿が言った事だ」

松永は、に笑みを向けた。

「…松永様…」

聞き入れられたことより、松永が笑ってくれた事のほうが嬉しいと感じる。
自分は馬鹿だ、と思ってしまった。

「私は兵の体調は判らないからね。何か気付いたら言うといい。」
「あ、ありがとうございます!!」
判らないのではなく、あまり気にかけないのだが、は喜びの余りそんな発想は浮かんでこなかった。
思い切り頭を下げ、赤くなる顔を隠すが、今の距離ではあまり意味が無かった。
赤く染まる耳を見て、松永はふっと笑った。

「で、では、文を届けるようにと…」
が立ち上がろうとすると、松永はの細い手首を掴んだ。

「…え?」
の鼓動は高鳴るばかりだ。

「ついで、といったら何だが…」
「…なんでしょうか…」
に不安など今は無い。
自分に何を頼んでくれるのだろうかと、目を輝かせた。

松永は先ほどまで文を書いていた机に手を伸ばし、一枚の紙を取った。
「…これも、なのだが…」
「はい…」

が受け取って、その表を見ると

『竜の右目へ』

松永様あああああああああああああああああああああああ!!!!!!!!!!!!!

先ほどまでのやり取りは何だったのかと、は叫んでしまった。



「この右目…片倉殿…?でしたか!?この方が絡むと厄介な戦になるではありませんか!!」
はまた開いて内容を読んだ。
今度は卿の刀を貰いにいく、との言葉が見えた。

「松永様…そ、そんなに武器をお集めになるのが趣味なのでしょうか…?」
「いやあ、彼が以前ネギを振り回す姿を見てしまってね。気になっているのだよ。」
「そ、そうなんですか…し、しかし…彼と戦うならば伊達軍が動き…松永様!?勝ち目はあるのですよね!?まさか気になるからようし!!調べよう!!とかそんなただの好奇心じゃございませんよね!!そんな子供っぽい…」
「しょんぼり」
「しょんぼり!?そんな渋い声でやめてください!!!!!!」

ただの好奇心で戦の回数をどんどん増やす主に、は肩をがっくりと落とした。

「安心したまえ、彼ならば一人で来いと言えば来るだろう。」
「そ、そうですか…?ではせめて期間は…最低でも3日は空けてくださると嬉しいです…」
「ふむ、判った。調節しよう。」
「………」
簡単に判った判った言う松永に疑いの目を向けてしまった。
本気なのかどうか判らない上に、今はそう思っていても松永はそのうち忘れてしまうかもしれない。
そんなに松永はまた笑顔を向け、ふふ、と声を漏らした。

「いやあ、に怒られるのはいつも楽しいね。」
「ど、どういう意味ですか…」
「子を叱るのは親…か?卿に甘えたくなってしまうね。」
いい歳をして、何を言い出すのか、そう思いながらもの顔はまた赤くなった。
握られた手はまだ離れてはいない。

「あの、松永様…」
「なんだね?」
「わ、私で宜しければ…いつでも…甘えてください…」
「ほう?」
の頭に三好三人衆が浮かんだ。
彼らには自分が松永の側にいるからといっていつも嫉妬され、時々落とし穴に落とされたり、頭をド突かれたこともあったし、松永様の技が…とか自分には判らない松永の話を目の前でされたりもした。
には松永の命を戦場で守れる彼らが羨ましくて仕方が無い。
だから料理に南蛮から届いた辛いスパイスを多めに入れてやったりして対抗していた。
今、の頭は、やーいやーい松永様が甘えたいってよ!!松永様は私のこと嫌いじゃないってよ!!!あんたらより私のほうが好かれてるわきっと!!!!!と、思考が暴走していた。

「…卿は…」
「なんでしょうか?」
松永の声が明るくて、まで嬉しくなる。

「私のことを考えて自身を慰めた事はあるかね?」

「………………………はい?」
松永は優しく微笑みながらだが、は硬直した。

「…えーと?」
「ただの興味だよ」
…興味で、女性にそんなこと聞くなと思った。

「ま、松永様…!!そんなこと聞かないで下さい!!!!!!!!」
「いや、卿は随分私が好きなようだからね…三好三人衆にも聞いてみたら、卿と同じ反応が返ってきたよ」
男にも聞いてた!!!!!!!!!

は動揺しているが、松永ははっはっはと楽しそうに笑った。

「遠慮しているのかね?何、私が欲しかったら素直に言うといい。卿と私の仲だ。」
「ま、ま、松永様〜…」
は嬉しいのか恥ずかしいのかよく判らなくなっていた。
むしろ逆だろう、と思う。
主が奉仕を望むならば自分は何でもしようとは思っているのだが、松永はそういった命令はしない。
もし自身を欲してくれたら、のときを考え練習すべきだとは思うのだが、松永様以外の人間を相手にすることなど想像しただけで身震いがする。
それに…自分は松永様好みの体になりたいし、仕込まれるなら松永様に…
「…………っ!!!!!!!!!!!!!」
は捕まれていないほうの手を頬に当てた。
とてつもなく熱いし、破廉恥な事を考えてしまった。

「…そうだ」
「え、あ、どうし、ましたか!?」

松永ははっとして、の手を離し、すたすたと障子に向かって歩いていった。

「松永様?」
「見たまえ、今宵は良い月が出ている。酒が飲みたいな…持って来なさい。」
「かしこまりました!!」
は文を懐に入れ、急いで荷を置いてある部屋に向かった。
箱から、松永のお気に入りの徳利と盃を出した。

「……」
さっきまでの雰囲気は、どこ行ったのだ自分…。
松永の命を受けた瞬間、顔の熱も心拍数も下がった。
言葉をいただけるのは何よりも嬉しいのだが、松永の気まぐれに自分の体は順応し始めていて、これでいいのだろうかと不安になった。

「松永様ァ〜…」
松永の言葉に深い意味は無く、すべて思ったことを口にしているだけだ。
それなのにあらゆる方向に思考を巡らせてしまった自分が恥ずかしい。

「けどな…」
こんな風になるのはいつもの事だ…
そして

「子供っぽい松永様…素敵…」
ぽっと顔を赤らめた。

すでに末期だった。
















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松永さんはぜったい軍の皆に好かれてる…!!
ま、混ぜてくれ…!!!!!な勢いで書いてしまいました…!!
そして部下にめちゃくちゃ好かれてるけど本人はあんまり気にしていないマイペースな松永さんを妄想したらとまらなくなりましたすいません…!!
宿なのは東大寺拠点でいいのかどうか判らないからダヨー
侍女にも卿でいいのかなと疑問に感じましたが、卿の意味に『君主が臣下に対して用いる』という意味もあるようなのでそのまま…で…いいのかな?
といっても名前呼ばせたり卿だったり統一無しにしましたが…
あ、小十郎ストーリー無視ですいません。